(´・ω・`)ショボンヌの独白

ショボンヌ党員No.10 の独白

ショボンヌ老子:第27章(巧用)

「善」ってなんでしょう。善(よ)く行う人は足跡を残しませんし、善く発言する人は傷を残しません。善く計算する人はソロバンを使いませんし、善く戸締りする人はカギをかけなくても大丈夫。善く結ぶ人はヒモを使わなくても解けません。
じゃあ、「善」だけがあればいいんでしょうか。聖人さんはいつも善く人を救って、見捨てられる人なんていません。いつも善くモノを救って、いらないものなんてありません。ちなみにこれを「襲明(しゅうめい)」と言います。
こんなふうに善いことは善くないことの先生となり、善くないことは善いことの糧となるんです。その先生を大切にしないで、またその糧を愛さなければ、どんなにエライ人でも迷いが生じますよ。ちなみにこれを「要妙(ようみょう)」と言います。